ノートパソコンをぱたりと閉じる。時刻は定時を少し回った午後8時。今日もよく頑張った、自分。オフィスの窓からは、五反田の街を照らす赤提灯が見える。
「さあて、今日はどこに飲みに行こうか?」
五反田には、サラリーマンの憩いの場ともいえる「居酒屋」が数多く立ち並んでいる。しかし一人で飲むのはちょっと寂しい。人恋しくなり、とある男性と待ち合わせをした。
インスタ映えおじさん・岩井ジョニ男さんとはしご酒
岩井ジョニ男(いわい・じょにお)。お笑いコンビ「イワイガワ」のボケ担当。ちょび髭・ぴっちり横わけ・黒緑メガネ・背広という“昭和サラリーマン風スタイル”で人気の芸人。タモリさんの元付き人としても知られる。Instagramに投稿した写真をもとにしたフォトエッセイ『幻の哀愁おじさん』(文藝春秋)発売中。Instagram:@iwaigawa_jonio_iwai
オフィスを出る直前に思い出したタスクに対応していたら、待ち合わせ時刻に遅れてしまった。暖簾をくぐると、ビールジョッキを傾けるジョニ男さんと目が合った。
「遅いじゃないか、先に始めちゃったよ」
一軒目:もつ焼き ばん
ジョニ男さんが待ち合わせ場所に指定したのは「もつ焼き ばん」。年配のサラリーマンから若者まで、常に賑わっている人気店だ。
イワイガワが所属する芸能事務所「浅井企画」は、五反田にオフィスを構えている。
ここを本拠地にして、仲間と飲むお酒を愛するジョニ男さんなら、いい店を知っているに違いない。誘ったときから、今日のはしご酒は彼に案内してもらおうと思っていた。
――ジョニ男さんは、いつ頃から五反田で飲んでいるんですか?
ジョニ男:7〜8年前ですね。当時、五反田で毎週水曜日に無料トークライブをしていて。ライブが終わったあと、観に来てくれた後輩たちとよく飲み歩いていました。お金がなかったから、安くて美味しい店を発掘してね。
――そのときに見つけたのが、ここ「ばん」だったと。
ジョニ男:そうそう。ここは何を頼んでも美味しいんだよ。
もつ焼き串と、名物のとんび豆腐。どちらも絶品。
――そういえばこの前、本を出しましたよね。『幻の哀愁おじさん』というタイトルも秀逸だし、お酒を美味しそうに飲むジョニ男さんの写真がたまらなくて。
ジョニ男:五反田で撮った写真もありましたね。僕や制作スタッフがゆかりのある街で撮りました。五反田には思い出が詰まっていますから。
――たとえば、どんな思い出が?
ジョニ男:仕事でスベったときに、よく目黒川にかかる橋を見に行きました。涙橋と重ね合わせてみたりして。そうすると前向きになれたんです。「スベったっていいじゃないか、だって生きてるんだもん」って。
――そんな目黒川の橋の周辺は、最近都市開発が進んで、新しいお店が立ち並んできていますよね。
ジョニ男:まるでフランスのセーヌ川のほとりのようだね。数年前の五反田からは想像できないくらい、キレイな街になってきましたよ。
――“新しさ”と“昔ながら”が共存している。
ジョニ男:それが五反田のいいところ。昭和と令和が隣り合わせになっているのが面白い。居心地のいい良い塩梅ですよ。このまま変わってほしくないな。
店舗情報:
もつ焼きばん 五反田店
東京都品川区東五反田1-12-9 イルヴィアーレ五反田ビル 1F
二軒目:焼とん酒場 かね将
ほろ酔い気分でお散歩するのは楽しい。心地よい風を感じながら、東五反田から西五反田へ。二軒目の「焼きとん酒場 かね将」の引き戸を開けてみた。
五反田のサラリーマンは、赤提灯を見つけたら入らずにはいられない生き物だ。
ーージョニ男さんの本やインスタにお酒を飲む姿がたくさん載っていますが、普段はどんな感じで飲んでいるんですか?
ジョニ男:店でも家でも、ほぼ毎日飲みますね。ここ数年、定期的に「週末の大人会」というのをやっていて、芸人仲間と飲んでいます。
ーー「週末の大人会」のメンバーは?
ジョニ男:主催者はバッファロー吾朗A先生とずんさん。そこにメンバーの藤井隆さん、椿鬼奴さん、キャイ~ンウド鈴木さん、小籔千豊さん、野性爆弾くっきーさんとか。
――そうそうたる面々。かなり盛り上がりそう。
ジョニ男:おかげさまで毎回楽しいです。事務所が違っても、お酒があれば繋がれるってね。
牛すじのトマト煮としらすドーフ。レモンサワーと一緒にいただく。
――ジョニ男さんは、お酒を飲んでも変わらないですね。これまでにお酒の失敗はありますか?
ジョニ男:ありますよ。失敗して、俺ってどうしようもないなぁ……ってこともある。でも最後には「明日も頑張ろう」って思えるのが、お酒のいいところだよね。
――最近は、飲みニケーションが少なくなってきているみたいですが。
ジョニ男:パワハラとかセクハラの問題もあるから、仕方ないかもですね。昔はちょっとの失敗だったら笑って終わりでしたけれど。「飲みすぎシール貼っちゃうぞ!」とか言って。
――飲みすぎシールって、なんでしょう?
ジョニ男:80年代に流行ったCM。あれ、伝わらなかったか……。
ーーお酒を使ったコミュニケーションは、今と昔で結構変わりました?
ジョニ男:お酒の席で冗談が通じなくなっているな、と感じますね。冗談なのにね、冗談からのエアジョーダン。
――出たっ(笑)。でも、冗談と本気の線引きって確かに難しいですよね。
ジョニ男:今ってSNSがある分、リアルなコミュニケーションが少なくなっていますよね。
――そうですね。会社の中のコミュニケーションも変わりつつあります。
ジョニ男:でもね、仕事仲間と飲んだ次の日に、「昨日は悪かったね〜」と言うことで仲が深まることもありますから。そういうのも大事にした方がいいと、僕は思いますね。
店舗情報:
焼きとん酒場 かね将
東京都品川区西五反田2-6-1
三軒目:呑ん気
ほどよくお腹が満たされてきた。けれども、まだ少し飲み足りない……。ジョニ男さんと肩を並べながら桜田通りの信号を渡り、細い路地を曲がった裏道にある立ち飲み屋に入った。
終電まであと少し。ここで飲み納めをしよう。
――ジョニ男さんって本当に写真映えしますね。Instagramも大人気ですし。
ジョニ男:僕はSNSとかよくわかんなくて。Instagramだって、カメラマンに言われて始めましたから。娘や、娘の友達は喜んでくれているみたいですけどね。
――SNSで人と交流をしたりしないんですか?
ジョニ男:しないですね。Instagram以外のSNSは使ったことがないですし。
――初めてのSNSだったんですね。
ジョニ男:僕ね、SNSはすごく崇高なものだと思っていて。Instagramを始めたときに、律儀に「インスタ始めました」って知り合いに連絡したんですよ。暑中見舞いのように。
柔らかく、味のしみたローストポークには、緑茶ハイが合う。
――相手からはなんて返事がきました?
ジョニ男:「フォローしろってこと?」とか「ゴリ押しじゃん」とか言われて。え〜そういうもんじゃないの?って、戸惑っちゃいました。
――確かに改まって連絡がきたら、そう思っちゃうかも。
ジョニ男:僕は挨拶のつもりだったのに。髪を切りに行くとき、わざわざ人に言わないのと同じらしいですよ。
――ジョニ男さんって気品があって、可愛らしく見えるじゃないですか。それがInstagramで人気者になった理由の一つなのかもしれませんね。
ジョニ男:ちょび髭のおかげかな?
――そもそも、なぜ昭和のサラリーマンスタイルになったんですか?
ジョニ男:僕ね、スーツを着るようになったきっかけが、デヴィッド・ボウイが好きだったからなんです。学生時代から彼のファッションに興味があって、バンドやってないのにメイクしていました。
――スーツスタイルの発祥はデヴィッド・ボウイだったんですね!
ジョニ男:メガネ、ぴっちり横分け、ちょび髭をしたら、周りから「昭和のサラリーマンですよね」って。僕の思いとは違う方向になっちゃった。
――あ、もうすぐ終電の時間ですね。明日も会社か……。
ジョニ男:大変だけど、会社に勤められるっていいことですよ。僕も事務所に所属して組織の中でチームプレーをしていますが、常々「人に生かされているな」と思うんです。
――人に生かされている、ですか。
ジョニ男:自分はダメだと思っていても、それを良いといって、支えてくれる仲間がいますよね。そして、仕事をすることで人が喜んでくれる。それが一番うれしいじゃないですか。
店舗情報:
呑ん気
東京都品川区西五反田1-2-6
五反田は「はしご酒」にぴったりの街
美味しいお酒とご飯、楽しいジョニ男さんとのトークで、お腹も心もいっぱいになった。本当はもっと飲んでいたいけれど、もう帰らなきゃ。
「じゃあ、僕はここで」
そういって、ジョニ男さんは五反田の街に消えていった。きっとまた別の場所で、誰かと笑いながらお酒を飲むのだろう。
ジョニ男さん、今日は遅くまで付き合ってくれてありがとう。また、五反田で。
(企画・取材・執筆:水上アユミ/ノオト 編集:伊藤 駿/ノオト 写真:栃久保 誠)