漫画家や小説家などのクリエーターを対象に、エージェント事業を手掛けるコルク。同社のCTOである萬田大作さんは、エンジニアリングからビジネス開発まで、幅広い経験を持つ傍ら、年間200冊を読みこなす無類の読書家として知られる。
今回は萬田さんに、エンジニアの仕事とキャリアに効く書籍を4テーマ12冊厳選してもらった。この年末年始を読書に充ててみてはいかがだろうか?
株式会社コルク 取締役CTO 萬田大作さん。
ナビタイムジャパンで経路検索&地図描画エンジンの研究開発、フューチャーアーキテクトでITコンサルタント、リクルートで複数の新規事業開発を担当。ウェブ系と基幹系のエンジニアリングからビジネス開発まで幅広く経験し、2016年からクリエーターエージェンシーのコルクに参画。CTO(最高技術責任者)として、“心に届ける”エンターテイメント作品をテクノロジーで支えている
マンガ家や小説家など、クリエーターのエージェント事業やコミュニティ事業を手掛けるコルクのCTO萬田大作さんは自他共に認める読書家。普段どんな本を読んでいるのだろうか?
「仕事柄、エージェント業務を委託してくださっている作家さんの新刊本や、世間で話題になっているベストセラー本はだいたいチェックします。それ以外だと、その時々で自分が抱えている課題に関連する本を集中して読むことが多いですね」
特に業務関連の書籍については「ワンテーマ集中型」の読書スタイルを貫いている。コルクに参画してからは、「コミュニティ作り」「組織運営」「プロダクト開発」「デザイン」関連の書籍に手が伸びることが増えたという。
「徹底して情報を集め、目標を決めて行動するのが好きです。なので、関心のあるテーマの中で5~10冊くらい選んで、一気に読むことが多いですね。古典や名著といわれている本は何度も読み返しますが、基本情報を押さえるだけで事足りる本なら、人に譲るかPDF化して処分してしまいます。本棚のスペースも限られるし、本をため込むと妻にも叱られるので……(笑)。いずれにしても、読書は公私を問わず楽しんでいますよ」
そんな萬田さんに「エンジニアの仕事やキャリアに効く本」というお題で、12冊の書籍をセレクトしていただいた。これらの本はどのような意図で選ばれただろうか? さっそく萬田さんに解説してもらおう。
マネージャーになったら読んでほしい本
メンバーの評価やミッションを設定する時などに、たびたび読み返している本です。私は組織やマネジメントについて考える時、いつも山本五十六の「やってみせ、いって聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という言葉を思い出すのですが、これらの本は、まさに彼の言葉を現代的に表現したものだと思っています。
オススメの読み方は、まず『マネジメント[エッセンシャル版] – 基本と原則』で全体像を掴み、『新1分間マネジャー』で要点を押さえ、学術的に掘り下げたければ『即効マネジメント: 部下をコントロールする黄金原則』読むのがいいでしょう。マネージャーになったばかりの方はもちろん、マネージャーの行動を理解したい方にも読んでほしい3冊です。
『マネジメント[エッセンシャル版] – 基本と原則』ピーター・F・ドラッカー著(ダイヤモンド社)
推薦ポイント
これを読まずにマネジメントは語れないといわれるほど、広く知られた名著。これまで何度も読み返していますが、その都度、新たな気づきをもたらしてくれる本です。まずは比較的手軽に読めるエッセンシャル版でOKだと思います。
『新1分間マネジャー』ケン・ブランチャード、スペンサー・ジョンソン著(ダイヤモンド社)
推薦ポイント
著者は「1分間目標」「1分間称賛」「1分間修正」の3つを押さえれば、部下のやる気を高められると説きます。欧米人らしい合理主義が一貫しており、読みやすくわかりやすく、さらに実践しやすいのが魅力的です。
『即効マネジメント: 部下をコントロールする黄金原則』海老原嗣生著(筑摩書房)
推薦ポイント
後で紹介する『エンゼルバンク』のモデルになった、リクルートキャリアの海老原さんの著書です。マネジメント理論の基礎やリクルート流のマネジメント手法を知るには、いま入手できる本の中で最適な1冊だと思います。『新1分間マネジャー』の後に読むと、マネジメントに対する理解が深まるでしょう。
この3冊をエンジニアの世界に置き換えると?
ここでは「マネジメントの基本」を知るのに適した本を選びました。たとえるなら、情報工学の基礎であるアルゴリズムやデータ構造を学ぶための解説書のような3冊だと思います。
デザイン・クリエイティブへ理解が深まる本
エンジニアにとって「デザイン」というと、UI/UXデザインやプロダクトデザインに収斂しがちですが、それはあくまでもデザインの一部。iTunes Storeが音楽の買い方や聞き方を変えたように、デザインには既知のモノに新たな意味や価値をもたらす力や役割がある。そのことを知ってほしくてこの3冊を選びました。
エンジニアリングとデザインは別物だと思われる人も多いでしょうが、どちらも広い意味での改善活動であり、共通項は少なくありません。これらの本を通じてデザイナーの視点やデザインの本質をつかんでいただければ、きっとよいプロダクトを生み出す原動力になるはず。相互理解のきっかけにしてもらえたら嬉しいですね。
『新しい分かり方』佐藤雅彦著(中央公論新社)
推薦ポイント
「ピタゴラスイッチ」で有名な佐藤さんが書かれた本。長年テレビ番組やCM制作を通じて「伝える」と「わかる」の両面からクリエイティブに携わってこられた佐藤さんならではの、自由でユニークな視点から、デザインやクリエイティブの奥深さが学べます。
『経営とデザインの幸せな関係』中川淳著(日経BP社)
推薦ポイント
何気なく口にしがちな「ブランディング」という言葉。本質を捉えた使い方ができている方は、恐らくあまり多くはないのでは。国産ブランド数多く扱う中川政七商店の十三代社長である著者の中川さんは「ブランディング」は「志」だと言います。プロダクト開発に携わる人に読んでほしい1冊です。
『ピクサー流 創造するちから』エイミー・ワラス エド・キャットムル著(ダイヤモンド社)
推薦ポイント
日本でクリエイティブというと、1人の優れた名人が作り上げるものだと思われがちですが、ピクサーのクリエイティブは科学的かつ組織的です。「Story is king.」「Trust the process.」という彼らのポリシーは、エンジニアの共感を呼ぶはずです。
この3冊をエンジニアの世界に置き換えると?
「デザイン」と「エンジニアリング」は「Ruby」と「Java」のように、異なる開発言語の関係に近いと思います。隣接する分野に共通項を見い出すことは、他者を理解する上でとても重要です。
転職を考えている人にオススメしたい本
誰にとっても転職は人生の転機。まずは自分を振り返り、企業研究はもちろん、転職という行為をよく理解した上で実行してほしいと考えこの3冊を選びました。
稲森さんの『生き方』は己の人生を考えるのに最適ですし、伊賀さんの『採用基準』は、企業が転職者に何を求めているかを知る上でとても有益です。『エンゼルバンク-ドラゴン桜外伝』はコミックですが、転職エージェントの存在意義や、転職によって自分は何を得たいのかを考えるきっかけになる、いい本だと思います。転職を通じて一生をかけて取り組みたいテーマと出会い、無為なキャリアを積み重ねないためにも、じっくりと腰を据えて考える時間を持ってほしいですね。
『生き方』稲盛和夫著(サンマーク出版)
推薦ポイント
「どう生きるか」と「どんな仕事に就くか」は、地続きです。京セラやKDDIの創業者であり、日航の経営再建で知られる稲森さんの言葉には、一代で名をなした方ならではの重みと深みがあります。転職前に限らず、人生の節目に繰り返し読んでほしい本です。
『採用基準』伊賀泰代著(ダイヤモンド社)
推薦ポイント
世界で1番難しい課題と向き合うコンサルティング会社マッキンゼーの採用基準について語られていますが、その多くはほかの企業にも共通するもの。採用側は応募者の「どこを見ているのか」「何を欲しているのか」を知るために一読をオススメします。
『エンゼルバンク-ドラゴン桜外伝』三田紀房著(講談社)
推薦ポイント
人材紹介会社のリクルートエージェントの協力を得て制作された作品で、転職者の抱える悩みや課題をリアルに感じることができます。転職活動のケーススタディとして読むのがオススメです。コミックスなので、ぜひ手軽に手に取ってみてください。
この3冊をエンジニアの世界に置き換えると?
インスタンスの作成前にクラス設計が必要なように、転職も概念を知らなければ成功しません。自らの生き方や企業の視点、転職活動の際に取るべき行動をよく理解してから実行してほしいですね。
ベンチャー起業の前に読むべき本
ベンチャーを起業する前に読むべき本は、これ以外にもたくさんあるのですが、今回は多くの起業家がオススメしているベストセラーの中から選んでみました。この3冊から学べるのは、企業はどのような変遷を辿って成長するものなのか、よりよい企業に成長するために必要なモノは何なのか、イノベーションを起こすにはどんな取り組みが必要なのか、ということです。いずれも起業経験者が書いた本なので、“刺さる言葉”が数多く載っています。リアルな内情が率直に語られているので、ベンチャーを起業する前にぜひ読んでほしいですね。
『ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則』ジムコリンズ著(日経BP社)
推薦ポイント
ベンチャーを立ち上げ当初は「稼ぐこと」を優先にしがちですが、それだけでは10年、100年と事業を続けることは難しいでしょう。長期間にわたって成長する企業は「ビジョナリーである」というのが本書の主張です。起業前にぜひ読むべき1冊だと思います。
『HARD-THINGS』ベン・ホロウィッツ著(日経BP社)
推薦ポイント
お金や株の問題を抜きにベンチャー経営は語れません。この本にはベンチャーキャピタリストの著者が起業家時代に直面した危機と成功が描かれています。あらかじめ経営に伴うリスクを知っておく意味でも、起業家として踏み出す覚悟を決める意味でも、オススメできます。
『ゼロ・トゥ・ワン』ピーター・ティール著(NHK出版)
推薦ポイント
日本人は「改善」が得意な一方、無から有を生む「創造」が不得意だといわれています。イノベーティブな企業をつくるためには、この見えない壁を乗り越えなければいけません。電子決済サービスPayPalの創業者である著者の言葉から、その本質を感じ取ってほしいですね。
この3冊をエンジニアの世界に置き換えると?
これらの本は、ベンチャー起業におけるデザインパターンのような大事な要素が多数掲載されています。起業前に一読しておくと、課題に直面した時の対処がしやすくなるでしょう。
良書に出会うには「SNSを活用」しよう
ここまで、テーマ別にオススメの本を紹介してもらったが、萬田さんはどのようにして読むべき本を選んでいるのだろうか?
「一番よく活用しているのはTwitterです。『こんなテーマの本でオススメはないですか?』とフォロワーのみなさんに聞くか、逆にフォローしている方が勧めている本を読むことも少なくなありません」
もちろん、Amazonのレビューやレコメンドを参考にすることもある。でも、自分に近しい人が推してくれる本の方が、求めている内容に近いことが多いそうだ。
「なのでTwitterでは、エンジニアや経営者など、自分と境遇が似ている人や自分の関心と似た領域を追いかけている人をフォローするようにしています。自分に似た人や私のキャラをよく理解してくれる知人からオススメされた本は、あまりハズレがないんです」
電子書籍? それとも紙の書籍?
多くの書籍を持ち歩けて、24時間いつでも手に入れられる電子書籍と、重くてかさばる伝統的な紙の書籍。「無類の読書好き」はどう使いわけているのか、聞いてみた。
「電子書籍は大量の本を持ち歩けますし、手軽に読めてよいのですが、私は付箋を貼ったり、メモを書き込んだりしながら読むことが多いので、長く読みたい本は紙で買います。そうでもなさそうな本は電子書籍で買うことが多いですね」
書き込む内容は読んだ感想など。自分なりの考え書き残すことが多いそうだ。
「文章の中で気になった表現について自分の感想をメモ書きしたり、理解を深めるために、別の表現に言い換えて残したりすることもあります。ペンを持ちながら読むと思考が能動的になるんですよ。ちょうど学生時代に英単語を覚えるようなイメージですね。最近は、読んだ日付を残したり、読後の変化を感じるためにペンの色を変えたりするようになりました」
感想だけでなく、別の表現に言い換えた言葉を書き残すことも多いという
とはいえ、人に勧められた本を最後まで読み通せず、途中で挫折してしまうこともあるだろう。最後に、そんな経験があるエンジニアにアドバイスをもらった。
「わからなければどんどん読み飛ばせばいいんですよ。心に残る言葉が一つでもあれば、のちのち別の本を読んだ時に“つながり”を感じたり、後で振り返って意味がわかったりすることもある。ですから、できるだけ多くの本に触れることが大事なんです。自分なりのテーマを見つけて、多くの本に触れてほしいですね」
執筆:武田敏則 編集:ノオト
本稿は2018年12月25日、HRナビに掲載された記事です。