起業家たちは、自分の考えたビジネスモデルが本当にうまくいくだろうかと頭を悩ませる。投資家の目を輝かせることができるような、他を圧倒する目新しさは欲しいが、着実に収益が上がりそうなロジックも欠かせない。
日本で「シェアリングエコノミー」という言葉が広く認知される前の2014年、普段着のレンタルサービスを開始するために創業したエアークローゼット。プロのスタイリストが選んだ洋服が自宅に届く、新しいビジネスモデルが話題となり、いまや会員数は15万人を超える。しかし、起業前は意外にも「このサービスは、失敗する」と言われていたそうだ。代表取締役社長兼CEOの天沼聰(さとし)さんは、どのような思考でこのビジネスを練り上げたのか。話を聞いた。
コンサル企業、楽天を経て起業「なりたい自分から逆算して」
――普段着をレンタルする現在のサービスは、かなり前から構想していたのですか?
実は「この事業で起業したい」というこだわりは特にありませんでした。まず起業することを決心して、後から考えたのがこのビジネスモデルです。
――「これは!」というビジネスモデルの構想があってから起業するものだと思い込んでいたので、意外です。
起業家には3つのタイプがあると思います。「得意なことや好きなことがあるから起業する」「うまく行きそうなビジネスをひらめいて起業する」「経営のプロとして活動したくて起業する」。自分の場合は3つ目です。
創業メンバー3人で100以上のビジネスモデルを考え、その中で残ったのがファッションアイテムのレンタルでした。
――経営者になりたいという思いは、いつ頃から抱いていたのでしょうか?
明確に意識し始めたのは、大学生の頃でしたね。学生時代に乗馬やサッカー、バレーボールなどのスポーツを通じて、自分一人よりもチームで成し得る結果の大きさを実感したんです。だから、「社会に出てもチームで大きな成果を出したい。経営者としてその中心に立ち、誰よりもチームのことを考える存在になりたい」と思うようになりました。
ビジネスではITを活用したいと思っていたので、大学ではコンピュータービジネスを専攻しました。その理由の1つに、高校生の頃のインターネットとの出会いがあります。海外へ留学していたのですが、画像なども交えてリアルタイムに日本と連絡を取れるのか!と、感激したものです。それまでの連絡手段は電話か手紙くらい。現在とは比較にならないほど遅い回線とはいえ、自分で開設したホームページでの情報発信や、世界中の知らない人たちとのネットを介したコミュニケーションに衝撃を受けましたね。その経験もあって「これからの時代は、情報をビジネスとしてどのように考え、どう扱うかを考えることが必要だ」と考えていました。
――ITとチームの可能性を体感していたのですね。卒業後、どういうキャリアを積んできたのでしょうか。
すぐ起業することも考えましたが、まずは企業で経験を積むほうが近道だと思い、IT戦略のコンサルタントとして就職しました。経営に触れながら、ITスキルやプロジェクトマネジメントなど幅広いスキルを深掘りできるので。
最初は、現場でプログラムを書き、システム開発するといった技術寄りの仕事が多かったのですが、積極的に手を挙げて、プロジェクトマネジメントなど経営に近い仕事にシフトしていきました。
経営者の目線で提案を考え、最大で5つのプロジェクトを並行して管理できるようになった頃、「起業のために自分に足りないものは何なのか」を改めて考えてみたんです。そこで挙がった要素が「多種多様な人と仕事をした経験」「グローバルでのビジネス経験」「ゼロから立ち上げて終わりのない組織作り」の3つでした。
――コンサルティング会社でも、いわゆる事業会社と比べれば、そういった経験はできそうですが。
もちろん多様な人たちがいましたが、コンサルティング業界という共通言語の中で小さくまとまっている印象でした。ほかにも「グローバルでのビジネス経験」、つまり海外展開を視野に入れた経験は不足しているな、と。
また、コンサルティング会社での仕事は、長くても数年で終わる前提のプロジェクトばかり。この前提では、起業とは考え方も動き方も大きく異なるんです。そこで、足りない部分を一度に経験できる場として、楽天に転職しました。そこで海外事業の立ち上げを経て、いよいよ起業したわけです。
シェアリングエコノミーには、ネット社会の信頼関係が必要
――会社を立ち上げた2014年頃は、シェアリングエコノミー【※】は今ほど知られていなかったと思います。なぜファッションレンタルというビジネスモデルを思いついたのでしょうか?
※ カーシェアリングや民泊など、物やサービス、場所などを共有して活用する仕組み
海外ではシェアリングエコノミーという考え方は、随分前から存在しています。その合理的な面も好きですが、何より信頼関係がないと成り立たないサービスということがおもしろいなと思っていました。
一方で、ビジネスを加速させるインターネットには、日本では特に、この「信頼」というものが育まれていなかった。インターネットが普及してきたのは私が中学生だった95年前後ですが、その当時、日本のインターネットでは、匿名性が高いコミュニティーが形成されていたんです。
たとえば、チャットではハンドルネーム(インターネット上の仮称)を使って、人と人の間に壁を作って意見を交換していた。それが今ではFacebookしかり、本名でインターネットを利用することが受け入れられている。これはある意味で、インターネット社会にも信頼が成立しだした、ということです。
服を貸して返ってこないかもしれないし、傷んで返ってくるかもしれない。貸す側だけでなく、借りるお客さまにとっても信頼が必要です。衣食住のどれかでライフスタイルを変えたいという思い、シェアリングエコノミー、子供の頃から可能性を感じていたインターネット。この3つの要素が核となるサービスを考えた結果が、ファッションレンタルでした。
――3つを満たしたアイデアなら、他のビジネスだった可能性もあるのですね。
そうですね。買い物代行や自動車の相乗りも候補にありましたし、お金をシェアするサービスなども考えてはいました。
自分たちを「レンタルサービス」だとは思っていない
――では、なぜファッションレンタル、しかも女性向けだったのでしょうか?
私は、ユーザー体験(UX)がすべてだと思っているからです。単純にレンタルサービスをやりたかったのではなく、お客さまが洋服と出会いワクワクする、新しい服を着て気分が上がる。そんな体験が日常にあふれていたら、いつもハッピーじゃないですか。それを最もわかりやすく感じ取ってもらえるのが、女性向けファッションレンタルだと考えました。
だから極端な言い方をすれば、自分たちをレンタルサービスだとは思っていなくて。IT活用やプロのスタイリストによるパーソナルスタイリングを通して“ワクワク体験”を提供しているんです。レンタルはそれを実現するための手段に過ぎません。
エアークローゼットのお客さまの平均年齢は30歳代半ば。メインの顧客層は当初の予想通り20代後半~40代が中心です。この年代の女性は、ライフスタイルのステージが男性よりも変化しやすい。たとえば、昇進で働く量が変わったり、周囲からの見られ方が変わったりしますよね。そして、人によっては出産や育児という大きなイベントもある。洋服に気を使いたい一方で、ゆっくり選んでいる時間がなくなる世代なのです。男性向けサービスも構想としてはありましたが、優先順位をつけると女性が先でした。
――しかし、天沼さんはファッションとはまったく無縁のキャリアです。うまくスタートを切れましたか?
そもそもファッション業界の知人が皆無だったので、スタイリストの知り合いを探すことすらできませんでしたね(笑)。でも、つながりがなければ、どうやって作るかを考えればいい。知り合いをたどってスタイリストを役員に迎えたことはもちろん、倉庫会社やクリーニング会社に協業パートナーとして参画してもらえるよう働きかけました。
より良いサービスにしようと、多くのモニターの方やベンチャーキャピタルの方に意見を伺いました。なかには「そもそもファッションレンタルサービスは厳しいのでは?」という意見もありました。それでも、世の中に必要なサービスだという確信があったし、どうしても実現したい未来だったんです。
うまくスタートを切れたかはわかりませんが、スタートアップならではの「活用するリソースは何もなくても、実現したい未来がある」という“ある種の強み”を生かして、お客さまの体験(UX)として価値のあるサービスにすることを徹底的に追求しました。それに共感してくださるお客さまが増えていき、自分たちが想定していたよりも良い形で始めることができたのかな、と。
――昨年10月には、スタイリストが選んだ服をレンタルするのではなく、気に入った服を購入する新サービス「pickss(ピックス)」をリリースされましたが、これはレンタルのノウハウを生かした水平展開ですよね。今後も、エアークローゼットを軸にサービスを拡張していく構想ですか?
いや、それは違うんですよ。パーソナルスタイリングの価値を提供している点では共通しているので、一見、既にあるサービスの拡張に見えるかもしれませんが、そもそもの発想が違います。「pickss」は自宅を試着室にするサービスです。自宅なら、手持ちのすべての洋服と組み合わせを試せるし、子供が騒いでも周りに迷惑をかけません。
まずは何より、顧客にどういう体験を提供するのか。つまり目指すことを考えるのが先で、そこからサービスに落とし込んでいます。つまり、今あるリソースを展開した延長線上のサービスではないのです。
サービス開発では、既存リソースからではなく顧客体験を最初に考える。「pickss」はレンタルから買い取りモデルへと、事業者目線で拡張を目指したわけではない。
最悪の事態を想定すれば、結果はすべて想定以上になる
――女性向けサービスを男性が考えて運営するのは、難しくないですか?
ジェンダーは関係ないと思います。事実、ファッション業界全体を見ても、男性社長は多いですよ。会社で大事なのは役割です。たとえば、CEOは必ずしもそのサービスのプロである必要はなく、環境を準備するのが役割です。私はファッションの専門家ではありませんが、代わりにファッションに詳しい役員がいます。逆に、社長がそのサービスの専門家である会社では、必ず経営のプロが経営メンバーとして参画しているはずですよ。
――これまでのキャリアを捨てて起業して、失敗したらどうしようという怖さはありませんでしたか?
起業はノーリスクです。そのまま勤めていたら得られた収入やポジションは機会損失と思われるかもしれませんが、自分が納得していればリスクのうちに入りません。再就職先がないわけでもない。起こるかわからないリスクを先に考えるより、やってみようと思う性格なんですよね。
もちろん、不安はあります。経営者は必ず、最悪のケースを誰よりもしっかりと想定しておかないといけません。ただ、そこを考えておくと常に前向きでいられる。どんなことが起きたとしても、ワーストよりは絶対にいい結果になりますからね。
――経営者でなくても役に立つ思考法ですね。失敗を恐れずに行動するために、心がけていることを教えてください。
弊社の価値観として掲げている「9Hearts」という行動指針があります。これは、どういう組織ならカッコイイかを考え抜いて取り決めたものです。この中にも「失敗を恐れるな」とあります。社員にも徹底して意識してもらうために、すべてのミーティングスペースに掲示してありますし、事あるごとに繰り返し説明しています。
「9Hearts」の価値観を社員全員が常に意識できる仕組みがある。この行動指針に紐づく月間目標の提示と、それに対する社内賞の実施や毎週行なっている全社会議での代表メッセージもその1つ。日頃の会話でも自然に出てくるワードになっているそう。
一番言いたいのは、行動に移すことの大切さです。失敗したと気づいたら、改善点が見えたということ。だから前向きに捉えてほしい。それに、行動を起こした時点では、間違いや失敗はありません。未来が予知できない限り、その時点では全員が正しいのですから。
執筆:加藤学宏 編集:ノオト
本稿は2018年1月26日、HRナビに掲載された記事です。