ゲーム好きが高じて、東京ゲームショウに行くのが毎年恒例となっている筆者だが、ここ数年気になるタイトルがある。その名も美少女カードゲーム「うんコレ」。ゲーム名もさることながら、出展者名も「日本うんこ学会」とインパクト大だ。
一見ジョークのように思えるゲームだが、実は非常に真面目な「ある目的」で開発されているという。いったいどのような内容で、何を目的としているのか。日本うんこ学会の会長で、同ゲーム開発の発起人でもある外科医の石井洋介さんに話を聞いた。
難病患者としての経験から医者を目指した
――ゲーム開発のきっかけは、石井さんご自身が大腸の病気にかかったからだと聞きました。どんな病気だったのでしょうか。
「潰瘍性大腸炎」という病気でした。最初は血便が出るぐらいの症状ですが、腸の中に少しずつ炎症が広がる病気で、進行するとお腹が痛くなったり熱が出たり、気持ちが悪くなったりするんですよ。
――石井さんが発症したのは15歳の時とのことですが……。
この病気は若い人にも多いんです。医療用語で「二峰性(にほうせい)の波」と呼ぶのですが、20代前半くらいに発症者増加のピークがあって、40代以降にまた増加の波が来ます。
――何がきっかけで判明したのでしょうか?
潰瘍性大腸炎も初期の段階ではあまり自覚症状がありません。そもそも、病名が確定するまでにも紆余曲折がありました。高校受験の頃には、たまに血便が出ていることは気づいていたんですよ。ただ、痔かなと思って。特に具合が悪いわけでもなく、自分では異常がないと考えていました。
ところが、高校入学後に熱が続くようになったんです。病院に行くと、風邪と診断されて薬を処方されるのに、症状はよくなりません。2、3回病院に行ってみたのですが、熱が続く原因がわからない。総合病院を紹介されて同じように検査をしても、よくわからないという結果でした。
とにかく熱が下がらず、ついに検査入院になりました。診断結果は「肺炎」でした。当時「マイコプラズマ肺炎」が流行していたこともあって、問診や検査の結果そう診断されたのですが、その時に伝えるべき重要な情報は別のこと、血便が出ていることだったのです。
――どうして伝えられなかったのでしょうか?
恥ずかしい気持ちもあったと思うのですが、そもそも先生に聞かれなかったんですよ。もちろん、自分は血便が出ていることを知っていましたが、熱の原因だとは思いもしませんでした。痔のような症状と発熱は別物だと考えていたんですね。
肺炎ではないので、当然ながら入院しているうちに症状は悪化していきます。お腹が痛くなったり吐いたりいるうちに、「もしかして、血便が出ていますか?」と質問されて。そこで「出ています」と答えて、初めて追加の検査がされて「潰瘍性大腸炎」という診断がなされました。
それが原体験ですね。医療の知識がなければ、自分の身に起こっていることが病気かどうか判断できませんし、医者に伝えられないなと思ったことを覚えています。
――医師は「血便が出ているかどうか」とは、あまり質問しないということでしょうか。
自分も医師をしていて、熱だけを訴えてきた患者さんに「血便が出ている?」とは、なかなか質問出来ないですね。下痢をしているかは聞くかもしれませんが。明確に潰瘍性大腸炎を疑っていなければ、熱が出ている方に対して血便については確かめないと思います。本当は全部聞くべきですが、限られた診察時間では難しいところもありますね。
――その後、病気が治ってから医師を目指すように?
いえ、この病気は難治性の病気、つまり治療方法がまだ確立していない病気で、完治はしないんです。だから、当時はそれどころではありませんでしたね。検査入院で高校を2~3カ月ほど欠席していたので勉強が遅れてしまい、授業についていけなくなりました。また食事制限が必要な病気なので、たとえば友だちから「ファミレスに行こうぜ」と誘われても行けない。それで結局、疎遠になってしまいました。高校に居場所がなくなり、休みがちになって、学力的にも落ちこぼれ。その頃は「今がおもしろければいい」という刹那的な生き方で、将来を考える余裕はなかったです。
幸か不幸か、卒業はできて18歳でフリーターになりました。潰瘍性大腸炎は良くなったり悪くなったりする病気なので、そのタイミングでまたすごく具合が悪くなってしまったんです。入院して治療をしていたのですが、どんどん悪化してしまい、最終的には深い潰瘍が原因で腸の血管に傷が付き大出血してしまったんですね。
救命のために大腸の全摘手術を受けました。それで人工肛門になったんです。一命を取り留めたのですが、先生から「残念だけど、君は一生、人工肛門だ」と宣言されました。結構ショックでしたが、当時ちょうどインターネットが始まった頃で、退院後にいろいろと調べてみると、小腸だけになっても実は肛門とつなぐ技術があると、2ちゃんねるに載っていたんですね。
その技術を導入しているのが横浜の病院だと知り、そこの先生に診てもらったら、自分にもその技術が適応できる、と。結局人工肛門の期間は1年ぐらいでした。それが19歳の頃で、そこから性格が前向きになりました。
それまでは世の中をどこか鬱屈した気持ちで見ていましたが、「技術で誰かの人生を変えられるのなら、それを身につけている医者はかっこいいな」と純粋に憧れて、医者を目指すようになったんです。他人の役に立つ人生を送りたい、と。
――高校にあまり通えていなかった状態から医師を目指すって、相当大変ですよね。
医者を目指すのがどんなに難しいのかわからなかったことが、逆によかったかもしれません。母校は進学校ではなく、医学部を目指す人も周りにいませんでした。自分の実力と合格ラインがどれだけかけ離れているのか、まったく想像がつきませんでしたね。
ただ、一生懸命に勉強してみてダメだったとしても、大学には進学出来るかもしれないという気持ちはありました。医者でなくても、医療関係者にはなれるのではないか、と。また、15歳から20歳までを病気で棒に振ってしまったので、受験勉強くらいはがんばってみようと思い、必死に勉強したのを覚えています。
医者になって救えない命があることを知った
――その後、日本うんこ学会を設立してゲームを開発しようと考えるに至った経緯は、どのようななものだったのでしょうか。
外科医になることはできたのですが、手術をする技術を身につけても助けられない人がいることに気づかされました。結局、どれだけ腕を磨いても、がんが進行してしまうと、助けられないんですね。
彼らのがんがなぜ早期に発見できなかったのかを考えたときに、検診を受けていなかったということもあるかもしれませんが、うんこが細くなっている、血便が出ているといった症状があるのに、それが病気だと気づかない。そういう場合も多いことに気づいたんです。
自分の身に起こっていることが病気につながっているかどうかを判断するには、若いうちから医療情報に触れてもらう必要があります。そのためにはブログを書くとか、市民公開講座で話をするなどの発信方法があるでしょう。しかし、そうした情報に敏感な人は、そもそも健康に対する意識が高いので、自ら気づけると思うんですよね。
なので、医療情報への関心が低い人たちに届くものは何かと考えました。「ギャンブルにしか興味がない人に、健康情報を届けるにはどうすればいいのか」あるいは「15歳だった私がどうしたらそういった情報を手に入れられるか」など、あれこれ悩んで……。結果、当時夢中になって遊んでいたスマホゲームから着想を得たのが、現在のゲーム開発につながっています。
ゲームを通じて医療情報を届けるために
「うんコレ」のバトル画面。敵キャラクターをタップしたり、味方の技を駆使したりしながらダメージを与えて早期に倒す
――現在開発中のゲーム「うんコレ」は、どういった内容なのでしょうか?
イメージはRPG型のソーシャルゲームです。定期的に発生する敵とのバトルに勝つとストーリーを進められるのですが、バトルを戦うためには「メディウム」と呼ばれるキャラクターを連れていく必要があります。
キャラクターたちはガチャを引くと召喚できるのですが、このガチャシステムが通常と異なります。ガチャを引くにはゲーム内通貨が必要で、通常のソーシャルゲームは課金やログインボーナスなどでゲーム内通貨を入手しますよね。一方、「うんコレ」では日々の便の状態を報告することで、ゲーム内通貨をゲットできます。
便の色や形状を報告することで、ゲーム内通貨がもらえる。それをもとに、新たなキャラクターを味方にするガチャが引ける仕組みだ
便の状態を観察することを医療用語で「観便」と呼び、病気の早期発見にはこの習慣化が大切です。自分の便のチェックを日常的なものにしてもらおうと、便の報告を継続して行うことで、よりゲーム内通貨が手に入りやすくなる仕組みにしました。
また、もし血便や下痢など便の異常が報告された場合は、僕が医者として問診で聞くような質問が追加されます。一過性のものなのか、熱が出るかなど。もし危ない兆候、たとえば血便が出ていて熱が続いているなどの情報があれば、警告が出ます。さらに40歳以上の方には検診を受けたかどうか通知を出すようにもする予定です。
――「ストーリーを進めるために、便の報告を欠かさず行う」というのはユニークな仕組みですね。ゲームのタイトルが「うんこコレクション」に由来するストレートなネーミングであることにも驚きました。
「うんこ」や「おっぱい」は、SNS上での拡散力が高い言葉と聞いてます(笑)。それを利用すれば、あまり興味を持たれない医療情報も勝手に広がるんじゃないかと思いました。
――昨年の『うんこ漢字ドリル』ブームも、その代表例ですね。
「うんこ」というキーワードで興味を持たせることで、漢字が学べるようになる。うんこうんこと言っているうちに、実は医療情報と触れ合っている……なんてことも起こり得るんじゃないかなと期待しています。
――なるほど。そのほかに「うんコレ」ならではの工夫はありますか?
ゲームで遊びながら医療情報に触れるようにしていますが、そこまであからさまにしているわけではありません。RPGを遊んでいるうちに、このアイテムはどういう意味なのだろうと調べると元ネタを知ることができるというふうに、さりげなく医療の要素を散りばめています。
たとえば、ある章では川の上流で石が詰まってしまい、先に水が流れなくなって川の下流が枯れていくといったストーリーにしています。これは、虚血性大腸炎という病気のメタファーなんですね。他にも、「アンリ・ハルトマン」というキャラクターがいますが、ハルトマンは大腸がんの手術方法であるハルトマン手術の名称を元ネタにしています。
医療情報を得ようとゲームをするのではなく、ゲームを楽しくて進めているうちに医療情報を知るのがいいなと思って、このような形にしています。エンターテイメント性がファーストでありたいと思っています。
――いつ頃リリースされる予定でしょうか。
具体的なスケジュールとしては、サーバー代などをまかなうために、2018年2月からクラウドファンディングをCAMPFIREで開始しました。もしよろしければご支援いただけるとうれしいです。また、例年4月末に実施される「ニコニコ超会議」に合わせて、アプリを発表できたらと考えています。
現在はアルファテストをしながらバグなどを探している段階で、ブラッシュアップを図っています。また福岡市の協力のもと、臨床試験も行っています。1カ月間「うんコレ」を遊んでもらい、その前後にテストを行って、毎日観便をするようになったとか、大腸がんに関する知識がついたとか、被験者のデータを取っています。
――ゲームファン向けイベント「闘会議」への出展も今年で4回目と聞きしました。構想から完成まで時間がかかっているようですが、開発にはかなり苦労されているということでしょうか。
ゲームを作ろうと考えたのは4年以上前です。出資を募って一気に進めれば、1年ぐらいで完成するのかもしれませんが、実際は全員ボランティアで参加してもらい、コミュニティを緩やかに拡大しながら開発しているので、時間がかかっています。メンバーみんなが忙しい時期は、全然進められませんし。
僕自身もゲームが好きで、いつか開発に携わりたいと思っていたので、楽しみながら進めています。苦労している点をあえて言うなら、無償で作業してもらっているので、キャラクターの修正などクリエイター側に指示するのが心苦しいことでしょうか。
たとえば「キャラクターの絵を1体分だけ描いてもらう」といった形で開発に関わってくれた人は200人以上。声優さんが参加してくださったおかげで、途中でボイスも追加できました。
このゲームは、一般的にソーシャルゲームと呼ばれるジャンルに属しますが、社会的な関わり(=ソーシャル)をフルに生かして制作しているという意味で、“真のソーシャルゲーム”と呼んでも差し支えはないでしょう(笑)
――医療関係者の方々の反応はいかがですか?「美少女ゲームなんてけしからん」という声もあるのかな、と。
基本的には賛同されていると感じています。「東京ゲームショウ」出展時も、SNS上で拡散してもらえたので、共感は得ているのかな、と。医療情報の発信という意味では「よくぞこれまでにない方法で攻めてくれた」という評価を得ている印象です。
ただし、「医療面のエビデンスはあるのか」「ゲームを配信することに本当に価値があるのか」という点は問われることも多く、自分たちでも慎重に臨床試験等を通して検証しながら進めていきたいと思います。当時勤めていた病院の院長からは、美少女ゲーム=エロゲームなんじゃないかと勘違いされて、いぶかしがられたこともありましたね。
――最後に、ゲームを配信した後の展開はどうなるのでしょうか。
まずは「うんコレのベータ版」という位置づけで配信し、遊んでいる人に、少しでも医療情報を届け、観便を習慣化してもらいたいなと思っています。とある論文によれば、「ポケモンGO」で歩く習慣がついた人は増えたものの、6週間くらいでその効果が落ちるようです。
原因としては外的インセンティブ、たとえば「お金がもらえるから作業をする」というような関係性だと、そのうち刺激に慣れ、飽きてしまう。だから、外的なインセンティブでモチベーションが高いうちに、内的インセンティブに切り替えることが重要であると仮説を立てています。
「うんコレ」では、このゲームをきっかけに、自分の体や健康に興味を持つといった内的なインセンティブを持ってもらえることをゴールにしたい。この場合、ゲームによる外的なモチベーションよりもコミュニティの醸成による内的なモチベーションの確立が重要になるのかなと考察しています。「うんコレ」には「腸内会」という掲示板のようなコミュニティ機能を搭載する予定です。「緑の便は異常なのか?」という質問が届いたら、僕が答えたり、僕がいなくてもメンバー同士でやりとりをしたりといったリアルなコミュニケーションが生まれる場にしたい。たとえゲームに飽きたとしても、コミュニティがあるからユーザーが使い続けてくれて、自分の健康に興味を持ち続けてくれるのではないかと期待しています。
執筆:杉山大祐 編集:ノオト
本稿は2018年2月19日、HRナビに掲載された記事です。