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銭湯激戦区の品川でファンを増やすには? 元エンジニアの銭湯経営者、「金春湯」角屋文隆さんインタビュー

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JR大崎駅から徒歩8分。戸越銀座商店街から少し離れ、百反通りに面した建物にサウナ好きの間で話題になっている銭湯「金春湯」があります。

近隣住民が通う「街のお風呂屋さん」といった昔ながらのスタイルを続けながら、最近ではエンジニア向けのイベントを開催するなど、ユニークな取り組みを行う同施設。店主の角屋文隆さんは、今年7月までエンジニアとして会社勤めをしていたそうです。

どのようなきっかけで銭湯の経営に携わるようになったのか、エンジニアならではの工夫とは? 金春湯の紹介と共に、角屋さんに話を聞きました。

休憩室とサウナが特徴の金春湯

――まずは「金春湯」の施設のご紹介からお願いします。角屋さんのご家族で経営しているんですよね?

角屋:そうですね。そもそもの経緯から説明すると、金春湯ができたのは昭和25年(1950年)。銭湯になる前は「金春座」という名の演芸場だったようです。その金春座から名前を継いで「金春湯」と名付けたとのことでした。

――演芸場から銭湯になったのは意外ですね。

角屋:演芸場から銭湯にしたのは私の家系ではなくて、別の方なんです。角屋家は当時、羽田で銭湯を営んでいたのですが、空港周辺の道路整備で立ち退きになってしまって。次の営業場所を探していたところ、金春湯を引き継ぐことになりました。

――そのような経緯だったんですね。角屋さんは4代目にあたると聞いたのですが。

角屋:まだ3代目の祖母が現役なので、まだ4代目ではないですね。僕か僕の両親が継いだら4代目になります。

――金春湯には、どんな特徴があるんですか?

角屋:ひとつの大きな特徴は、畳が敷かれた休憩室です。品川周辺は銭湯が多いのですが、金春湯のような待合スペースがないところが多くて。家族や夫婦で来たお客さんの、早くお風呂から出た方はこのエリアで待っています。子連れで来られた方などは、お風呂から上がった後、30分から1時間ぐらいこのエリアで過ごしてから帰っていくことも多いですね。

金春湯の休憩室。テレビや本が置かれているほか、常時6種類の国産クラフトビールが販売されている(「しながわ観光協会」より提供 撮影:栃久保誠)

――その脇には本も置いてあるんですね。技術書が置かれているのは、角屋さんご自身がエンジニアだからでしょうか?

角屋:以前エンジニアのイベントを開催した時に、書籍や技術同人誌を書かれている方から、自分の本も置いてほしいとお声がけいただきまして。今は、技術同人誌がすごく集まってきているんですよ。今後はもう少し整理したいな、と。

――休憩室以外の特徴も教えていただきたいです。お風呂はいかがでしょうか。

角屋:お風呂自体はすごくシンプルなんですよ。特に富士山の絵があるわけでもないですし。設備としては、大きいお風呂と小さいお風呂の2つ。そして、サウナと水風呂があります。おかげさまでサウナの人気が今は高いですね。

大小2つのお風呂。最近ではニーズに合わせ温度調節をすることも(「しながわ観光協会」より提供 撮影:栃久保誠)

――サウナブームが来てから、サウナと水風呂の温度を気にされる方が多い印象です。金春湯ではどんな温度設定にしているのでしょうか。

角屋:正直なところ、もともとそこまで温度にこだわりはなかったのですが、周りから評判が良いと聞いて気にするようになりました。ただ、サウナブームが来る前から100度前後と高めの設定だったので、ブームが来てから温度を変更したわけではないです。本当は水風呂の温度はもっと下げたいのですが、金春湯はサウナと水風呂が後付けの設備で、その都合上そこまで大きく下げれないんですよ。

――サウナ好きからすると、金春湯のサウナの評判は良いのですが、その理由はなんだと思いますか。

角屋:テレビがついていなくて、音楽もかかっていないのが特徴かなと。だから、静かで集中しながらサウナを楽しむことができる。テレビも音楽もないところは、意外と珍しいんですよ。また、うちはまだまだ知名度が高いわけじゃないので(笑)。空いている時間が多いのもサウナ好きに気に入れられている点かもしれません。

(「しながわ観光協会」より提供 撮影:栃久保誠)

――このブームで客層も変わったんじゃないですか。

角屋:変わってると思います。うちの場合、30代前後の若い人が増えてますね。平日の20時以降、私と同世代の方が来てくれています。後は、遠くから来てくれる人も出始めました。先日も名古屋から新幹線に乗ってきて、別のサウナに寄ってから金春湯に来てくれた人がいたくらいで。おそらく一般的な銭湯でサウナを使う人は2割程度だと思いますが、うちの場合は4割ぐらいが利用していて。

SNSやウェブサイトで、地域密着のコミュニケーションを

――また、SNSの活用に積極的なのも、他の銭湯にない魅力だと思います。公式サイトのデザインも素敵ですし、これも角屋さんが始めたことですか?

角屋:公式サイトは自分が作りました。銭湯の手伝いは2年前ぐらいから始めていて、まず手がけたのがSNSと公式サイトだったんです。会社勤めだったので、空き時間でできることって何かなと思いまして。公式サイトならパッと作れますし、SNSだったら通勤や帰宅時間に電車の中で更新できるので、そこから始めました。

――SNSでは、施設の営業情報だけでなく、角屋さんのキャラクターが見え隠れするような投稿がされていますね。

角屋:狙っていることもあるんですが、会社勤めのときは正直なところ、お店の状況がよくわかっていなくて(笑)。「本日もオープンしました」みたいなガチガチのアカウントよりも見てくれる人が多いですし、僕がお店にいると、「Twitterを更新してる人でしょ?」と言われて飲みに誘われるなど、お客さんとのコミュニケーションという意味では非常にうまくいっていますね。

――人となりが出ているほうが親しみやすいですよね。大手起業ならまだしも、地域密着のイメージがある銭湯としてはピッタリなSNS運営だと思います。

会社員から、銭湯経営とフリーエンジニアの2足のわらじへ

――角屋さん自身の話もお聞きしたいです。家族が銭湯を営んでいるなか、ご自身は以前、光学・医療機器メーカーのエンジニアでした。家業を継ぐ意識はなかったでしょうか。

角屋:全く考えていなかったわけではないですが、50〜60歳になったら、早めにリタイアをして銭湯をやるぐらいでいいかな、と思っていました。

――そんななか、現在はフリーのエンジニアでありつつも、会社を辞めて金春湯の経営に携わっています。何が心境の変化につながったのでしょうか。

角屋:金春湯は祖母と両親の3人で営業しているのですが、2年前に母が足の手術のために入院したんですね。それまで最小限の人数で経営していたので、1人でも欠けると結構キツくて。なので、僕や弟が手伝うようになりました。そこで銭湯の経営が割と良い仕事だなと気づいたんです。

エンジニアはお客さんと接する機会があまりないので、自分が作ったものが本当に喜んでもらっているのかわかりにくい。一方、銭湯の場合、お客さんの顔は分かりますし、お風呂から出た後にみんな気持ち良さそうに帰って行くので、会社勤めのエンジニアとは結構違うなあと感じました。

――当時のように会社員を続けながら家業を手伝うのと、会社を辞めて家業に携わるのではかなりの差があるように思えます。きっかけはあったのでしょうか。

角屋:銭湯の手伝いを始めてから、同じように銭湯の仕事をしている人が気になって調べたところ、意外と同世代の方もいて。いろいろ話をしていくうちに、何とかやっていけそうだな、と思ったのが一つです。また、会社で携わっていたプロジェクトが終わるタイミングでもありました。さらに、現在子どもが2人いて、その子たちと過ごす時間を増やしたいなと思ったのも理由にあります。

――ただ、銭湯の経営を専業ではなく、フリーとしてエンジニアは続けられているのですね。

角屋:本当に銭湯の経営だけをすると、社会から隔離されているわけじゃないですけど、時代に取り残されてしまわないかという怖さがあります。銭湯は施設を建てるだけでお客さんが来た時代があり、そこから変わっていない場所であるような気がします。なので、何かしら銭湯以外の仕事がしたくて、エンジニアを続けることにしました。

銭湯激戦区で戦うのではなく、新規開拓を

(「しながわ観光協会」より提供 撮影:栃久保誠)

――品川エリアは銭湯激戦区だと思いますが、いかがでしょうか。

角屋:品川区全体もそうですが、その中でもこの地域が密集しているんですよね。戸越銀座温泉や武蔵小山温泉、大井町には宮城湯、北品川には天神湯とかなり多いです。

――料金が一定の中で、どのように差別化しているのでしょうか。周辺の住民の方が来る想定だとは思うんですが、何か工夫していることはありますか。

角屋:地元のお客さんは来てくれると思います。ただ、他の銭湯は温泉ですからね(笑)。普通に考えたら、温泉のほうに行くでしょうし、設備が充実した所も多いので、ハード勝負になったら到底勝てません。唯一、サウナがハード面の武器かなとは思っているんですが。

一方で、他の銭湯を「競合」と思っているわけでもなくて。銭湯に行く人って、今でこそ増えましたが、おそらく全体の1%もいないじゃないですか。その人たちを取り合っても不毛な気がするので、どちらかと言うと新しく来る人を増やすほうが効率的だと思います。なので、競合ではなくて、一緒に銭湯の良さを広げられるような存在ですね。

金春湯自体の展開としては、今後はイベントを開いたり、新しいお客さんが銭湯に足を運ぶきっかけになるようなツアーを組んだりすることで、新しいお客さんを開拓していきたいです。例えば、戸越銀座にボルダリングのジムがありますが、そこの店主さんと仲良くしていて。午前中にボルダリングを楽しんでもらって、午後に金春湯に来てもらうツアーを組んでいるんです。こうした取り組みが、今の時代のニーズに合ってるんだろうな、と思いますね。

(取材・執筆:杉山大祐/ノオト 編集:伊藤駿/ノオト)

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