五反田のコワーキングスペース「CONTENTZ(コンテンツ)」で2019年6月5日、『五反田計画』のローンチイベントが開催されました。
テーマは「『五反田計画』が考えるオウンドメディアの限界と可能性」。第一部と第二部それぞれでゲストを迎え、五反田バレーの担当者とトークセッションを行いました。
立ち上げて3年で気付いた、ECサイトの特徴と弱点(第一部:クラシコム青木さん)
第一部は「IT×ローカルの可能性 なぜ今オウンドメディアなのか?」をテーマに、株式会社クラシコム代表の青木耕平さんが登壇。『五反田計画』のコンテンツ制作を担当する有限会社ノオトの宮脇淳さんが聞き手となり、公開インタビューが行われました。
クラシコムが運営するオウンドメディア『北欧、暮らしの道具店』は、「ECサイトとオウンドメディアを融合させる」、「メディア全体で、雑誌のように一つの世界観を作り上げる」といった企業のブランディングにとどまらない、独自の運営方針が注目を集めています。
ECサイトとしての立ち上げから今にいたるまで、『北欧、暮らしの道具店』はどのような変遷をたどって現在のスタイルにたどり着いたのでしょうか?
- 宮脇さん
今回、青木さんをお呼びしたのは、以前Twitterでこのようなツイートをされていたからです。これを読んで私は、青木さんってメディア出身の方ではないのに、どうしてこんなにメディアのこと知ってるんだろう、と思ったんです。
- 宮脇さん
一般的にECサイトは、訪問したお客さんに商品を買ってもらうためのコンテンツを作りますよね。でも『北欧、暮らしの道具店』はECサイトでありながらも、ドラマやラジオ番組をつくるなど、コンテンツにかなり力を入れている。いわば「ECサイトがメディア化した」わけですが、どんな狙いがあったのでしょうか?
ECサイトのシステムは平たくいえば「通信販売」です。広告費をかけてお客様を獲得し、何度も買い物をしてもらうことでようやく黒字になる。投資が先行するビジネスなので、継続的に成長したいなら投資し続けないといけないんです。
- 青木さん
▲ 青木耕平さん(株式会社クラシコム)
『北欧、暮らしの道具店』も、始めたばかりの頃はインテリア雑貨を扱うごく普通のECサイトでした。でも数年間サイトを運営してはたと気付いたのが、インテリア雑貨を中心に通信販売だけをやっていてはダメだ、ということで。
- 青木さん
通販は、利益率と購買頻度が高い商材を取り扱わないとなかなか成立しないんです。しかしインテリア雑貨は購買頻度が決して高くない。コップを買ったら、割れない限り5年くらい使いますよね。
つまり僕たちは、サイトのスタート当初から「広告費をかけてお客さんを獲得していく」というモデルにそぐわない商材を主軸に置いてしまっていたんです。
- 青木さん
- 宮脇さん
なるほど。どのくらいのタイミングでそれに気づいたのですか?
立ち上げて3年たった頃だと思います。だから、「広告費をかけずに成長するためには」どうするべきか考えました。その結果、広告費を払うのが嫌だったら、いっそのこと「もらう側」になればいいんじゃないか、と。
例えばニュースサイトのような、訪問したお客さん全員にサービスしているサイトは「広告費をもらう側」、ECサイトのような注文してくれる人を中心にサービスをしているサイトは「広告費を払う側」になるんですよ。
訪れた人全員に何かしらのサービスが提供できるサイトにすれば、集客力を持てるばかりか、最終的には企業様に広告枠を販売する立場になれるのでは、と。その結果、『北欧、暮らしの道具店』でもメディア的な取り組みをやろうと考えるようになりました。
- 青木さん
- 宮脇さん
今から6~7年ほど前のお話ですよね。ちょうどスマートフォンとSNSの掛け合わせが一気に伸びた時代で、メディア業界もスマフォファーストに舵を切ったタイミングでした。
▲ 宮脇淳さん(有限会社ノオト)
そうです。あの頃のECサイトって、スマートフォンで見るコンテンツがまだまだ足りない時期だったのですが、僕らはコンテンツをめちゃくちゃ作っていた。たまたま時代の波にも乗れたんだと思っています。
- 青木さん
ユーザーとの関係値だけでは、プラットフォームにロックインされてしまう
メディア化することで、サイトを訪問するお客さんは増えました。しかし、増えたからといって訪問した方が全員、お買い物をしてくれるわけではないです。『北欧、暮らしの道具店』の場合、サイトを訪れたお客さんのうち買い物をしてくれるのは1%未満なので、残り99%以上のお客さんには、適切にマネタイズできていないんですよ。
- 青木さん
- 宮脇さん
マネタイズの観点からすると、取りこぼしが多い。
そこで、その99%以上のお客さんをメディアの新しい価値にして、マネタイズするなら広告かな、と思いました。このサイトらしい広告は……と考えて形にしたものが、「BRAND NOTE」です。最近だと『北欧、暮らしの道具店』でドラマを作ったりもしていて、その中でタイアップのエピソードを設けて、コンテンツを制作することもあります。
- 青木さん
- 宮脇さん
『青葉家のテーブル』ですね。現在、「これからは動画が大事だよね」となんとなく考えているメディア関係者はたくさんいますが、本気でドラマを作る人ってなかなかいないですよ。
コンテンツには大きく3つの種類があると思っています。
まずは、ニュースとか時事情報のようなインフォメーション。次に、LINEで「おはよう」とメッセージを送り合うような、コミュニケーションのコンテンツ。個人間のやりとりでなくても、アイドルのTwitterを使ったファンとのコミュニケーションは、もはやコンテンツですよね。
でもこの2種類のコンテンツは、バックナンバーを追いかけて、ストックされた過去のコンテンツに触れたり、同じコンテンツを繰り返し楽しんだりしよう、とはならないんですよ。
- 青木さん
一方でIP(intellectual property)、つまり知的財産になりうるものは、映画とかドラマとか、結構しっかり作ったドキュメンタリーなどですね。好きなコンテンツであれば、こちらは何度も繰り返して観てしまう。
- 青木さん
- 宮脇さん
情報ではなく作品、という考え方ですよね。
コミュニケーションとインフォメーションは、継続的な発信によってユーザーとの関係性を築くことができます。しかし、メディアがそれだけを持つと、既存のプラットフォームにロックインされてしまうんですよね。
そうならないために、ユーザーとの関係性だけではなく、IPをきちんと持っておかないといけないんです。IPに力があれば、プラットフォームの支配力に対してきっちりと対抗措置が取れるんじゃないか、と考えています。
- 青木さん
「五反田っぽいよね」が、コンセプトやアイデアの象徴になる
- 宮脇さん
新しくローンチした『五反田計画』は、「メディアと地域」という発想から生まれました。
クラシコムさんは「北欧」というテーマでサイトを運営していますが、青木さんが「オウンドメディアと地域性」で考えていることがあればお伺いしたいです。
地域性って、コンセプトやアイデアを象徴するような、ある種のミーム(meme)のようなものですよね。「五反田っぽいよね」という言葉でイメージを共有しやすいのが、地域性の良いところだと思います。
- 青木さん
- 宮脇さん
まさに、渋谷とかはそうですよね。「渋谷っぽい」という言葉でいろいろなものを連想できる。
我々にとっての「北欧」が、その象徴に当たるものなんですよ。そんなアイデアを象徴させるものとして、「地域性」はすごく重要だと思っています。
- 青木さん
- 宮脇さん
我々も『五反田計画』での発信を通して、五反田っていう地域のイメージを新しく作っていかないといけないですね。もっとお話をお伺いしたいところでしたが、時間となってしまいました。本日はどうもありがとうございました。
五反田は地域資源が豊富で、ポテンシャルがある(第二部:品川区×五反田バレー)
第二部トークセッションは、品川区地域振興部の小川和朗さんと五反田バレーのメンバーが「ベンチャー広報が目指す『五反田計画』のカタチ」について話しました。
五反田バレーの参加者は、株式会社ココナラの古川芙美さん、株式会社マツリカの西塔穂波さん、ファシリテーターとして株式会社Patheeの中村岳人さん。
『五反田計画』を運営する五反田バレーとそれ支援する品川区は、オウンドメディアを通じてなにを実現しようとしているのでしょうか。
- 中村さん
最近は自社でブログを立ち上げたりSNSを運営したり、企業の情報発信の手段はいろいろありますよね。なのにどうして、五反田バレーは『五反田計画』というオウンドメディアを立ち上げるに至ったのでしょうか。
五反田バレーは2018年7月の設立以降、多くのマスメディアに取り上げていただき、認知度は上がったんですが、その後の実体を発信できる場所がなかったんです。活動報告もできないので、それからもしばらく「ピンクバレー」と呼ばれたりしていて……。
- 古川さん
▲ 古川芙美さん(株式会社ココナラ)
- 中村さん
古川さんは、立ち上げ時からずっと「ピンクバレー」の話をしてますよね(笑)
そう、すごく嫌なんですよ(笑)。そんな経緯もあって、本当の五反田の姿を発信したり魅力を伝えていったりする場が欲しい、と思っていました。
- 古川さん
- 中村さん
行政側として、こういう取り組みにつなげたい、こういう効果が出てほしい、と期待されていることはありますか?
大きな狙いとしては、3つあります。1つは五反田バレーの認知度アップ。2つめは、五反田バレーだけでなく、五反田の地域資源を発信していくこと。商店街や学校、水辺、銭湯など、五反田の魅力をぜひ発信してほしいです。
- 小川さん
▲ 小川和朗さん(品川区地域振興部)
これは役所的な意見になってしまうんですが、最後は区の中小企業様向けの支援事業や助成金についてですね。品川区は企業様向けにかなりたくさんの支援事業や助成金のメニューを用意しています。しかし、これが企業さんに伝わっていない面があるんです。
- 小川さん
ニッチな支援メニューをたくさん用意されているんですよね。
- 古川さん
今年から新たに始めたエンジニア採用に対する助成金のような、まさに五反田にいるIT企業に使ってほしいメニューを用意しているんですが……。ベンチャー企業さんは忙しいので、品川区のホームページを見る時間もなかなか取れないんじゃないかと思うんです。
そういった情報もぜひ、オウンドメディアを通じて、五反田にいる企業の皆さんに知っていただきたいです。
- 小川さん
- 中村さん
行政や地元の方と連携していることは、五反田バレーの大きな特徴ですよね。
五反田ってすごくポテンシャルがある地域なんですよ。なにしろ、五反田まで通っている学生さんも、ベンチャー企業に勤めている人も、皆さんお若いじゃないですか。そういう意味では、若い人たちの力で何か新しいことができるんじゃないかとすごくワクワクしています。
- 小川さん
オウンドメディアが、地域の会社を繋ぐハブになれば
- 中村さん
続いては、会社にとってのローカルメディアの意義を伺っていきます。発信力という意味では、ローカルではなく特定ジャンルのメディアをやったほうがいいという意見は当然ありますよね。西塔さん、いかがでしょうか?
- 西塔さん
企業単独でオウンドメディアを運営することも不可能ではありませんが、ローカルメディアのほうが五反田バレーに共感してくれるファンを増やすことができますよね。
スタートアップ企業が事業をスケールさせていくためにも、五反田という地域のブランディングのためにも、それを支えてくれるファンの存在は必要不可欠です。これが地域にとっても企業にとっても、大きなプラスになるんじゃないかな、と。
▲ 西塔穂波さん(株式会社マツリカ)
『五反田計画』には、五反田バレーの参画企業に会社訪問した記事が掲載されています。それを読むと、「こんな会社、五反田にあったんだ!」って、改めて驚くんですよね。
そこから、「こんなこと知りたかったら、この会社の広報さんに聞こう」とか「この人、今度会いに行ってみよう」とか、五反田バレー内でのつながりが生まれていきます。会社同士をつなげていくためのハブとして、『五反田計画』が大いに役立つかもしれないな、と思っています。
- 古川さん
確か、現在の五反田バレーは40社くらいの会員企業さんがいたかと思います。しかし、昨年調査した品川区のデータだと、五反田・大崎のIT企業って500社くらいあるんです。
- 小川さん
- 中村さん
「五反田バレーは何をやっているんだ!」って感じですね(笑)。
▲ 中村岳人さん(株式会社Pathee)
最近はコワーキングスペースを利用したり、フリーランスとして働いたりしている方も多く、統計上、表に出てこない方もいるので、それを合わせると一体どれくらいの企業があるのか、想像もつかないです。彼らとのネットワーク作りも、オウンドメディアを通じて実現できればいいですね。
- 小川さん
地域を巻き込んで、五反田の動きを加速させていきたい
- 中村さん
最後に、皆さんが今後、五反田バレーでやっていきたいことを教えてください。
- 西塔さん
目先の目標だと、採用力を強化したいです。マツリカはいま約60人の社員がいますが、人的資源はまだまだ足りていないという大きな課題に直面しています。五反田バレーの多くの企業が同じような悩みを抱えているので、採用に関する活動は積極的にしていきたいですね。
- 中村さん
ちなみに、イケてるIT企業は渋谷や六本木に多く、より都会的なイメージがありますよね。本社所在地が五反田ということで、採用面で不利になってしまうようなケースってあるんですか?
- 西塔さん
ありますね。面接に来た人から、「ちょっと五反田はイメージが……」と言われたことも(苦笑)。
私も数年前は五反田で一人暮らしをしていましたが、「なんで若い女の子がそんなところに住んでるの?」と驚かれてしまうんですよ。だから採用促進のためにも、まずは五反田のブランディングとイメージ戦略に取り組んでいきたいですね。
五反田は、多くのIT企業や地域資源が集まっている街です。そこをうまくかけ合わせたり、連携させたりすることで、社会課題を解決する製品やサービスが、五反田から生まれるといいですね。なかなか簡単ではないのですが、五反田バレーなら実現できるんじゃないかな、と期待しています。
- 小川さん
▲ イベント後には、メディア関係者も交えた交流会が行われた
- 中村さん
IT企業だけで盛り上がるのではなく、地元にいる方も巻き込んで、ムーブメントが生まれるといいですね。
僕は、五反田を海外のシリコンバレーみたいにしていきたいな、と考えているんですよ。シリコンバレーは、エリアを挙げて実証実験をしたり、先進的な取り組みをしたりしている地域です。なぜこんなことができるかというと、シリコンバレーに漂っている空気感がこれを後押ししているからだと思うんです。五反田でも、シリコンバレーのような新しい動きを加速させていければいいな、と。
今後も五反田バレーさんや地域にいる皆さんと一緒にいろいろな取り組みをやっていきたいですね。
- 小川さん
(取材・執筆:伊藤 駿/ノオト 編集:水上アユミ/ノオト)